「終点のあの子」また女子高生のオムニバス。こっちは神視点(一人称でない)書き方なので読みやすい。「~背表紙」と似ていて女子高生のカーストやらマウントやらグループやら、そういうものに対する感情の揺れがテーマ。ただこっちは「~背表紙」と違って「図書室」みたいなセーフエリアや神様のような先生がいない。狭い世界の中で一人で悩んで最終的には一人で判断する、そこらへんがかなりリアル。固有名詞が多すぎて、東京圏・私立中高に通っていれば「あれのことね」とピンとくるけれども、縁のない地域や男子だったら読んでていて知らない単語が頻出するのではないか。もともとそういう人らはターゲットにはなっていないのかもしれないけど、実際これは男子中学の入試問題で出ているという……。これを、男子小学生が読むのか。結構グロイ。女子高生に対する夢が壊れなきゃ良いが。「感情の揺れ」「リアリティ」が評価されている作者だけあって、読んでいて自分の過去を生々しく思い出してしまうエピソードがてんこ盛りだった。女子はグループを作ってその中のヒエラルキーに従って生きる。それでありながら野心は持っていて、冷静に地位向上の計算をしている。思いがけず上位の女子から認められた時の選民感とか……「他とは違う自分」を信じて周りのすべてを見下し、自分の挫折を受け止められなかったりとか……「他人の目に自分がどう映るか」が最重要であり、自分の素直な感情や感想に蓋をしてしまうところとか……あるなあ!!!あったなあ!!全ては自分の価値をすべて他人にゆだねてしまっているところから来ている。他人からの評価は移ろいやすく自分が思うほど真摯では無いのに、がっつりそれに依存している。本当はみんな自分のことしか考えていなくて、他人のことはどうでも良い、悪意すら持っているのに。他人から羨望はされたい、でも羨望が行き過ぎた悪意になると怖い。そんなギリギリラインをせめている。大人になればそんなものより客観的に「給料」っていう評価が下されるので、割り切りやすくもなるが。女子中高生の社会ではそうはいかない。女子高生時代の、精神的に未熟ゆえの輝き……とか、初々しい……みたいな感想をちらほら見ましたが。いや、これ、今でもふつーーーーーーに、やってる層はやってるよ。マンション・団地の主婦階層とか、SNS依存型の引きこもり層は今でもやってます。肉体年齢関係ないです。常にマウントの取り合い。女子高生時代は自身の材料だけだったのが、旦那、子供を材料に加えてるから余計にドロドロしている。あの頃はよかったなあ~なんて感傷に浸ることは全くなかった、私は。わが身を振り返っても似たようなことはあった。女子高では確かに、化粧、彼氏、ブランドなどがステータスだったので。思い出したくも無いが、見栄を張って援助交際して退学処分になった子も居た。私は「おしゃれ系」「運動系」以外のグループを転々と渡り歩いて、どこのグループにも所属しない感じで生きて、最終的には「勉強」グループになった。余計な争いや嫉妬や意地の張り合いを避けたかったので、努力が確実に数字となって帰ってくる場所に居たかった。漫画アニメにはまり始めた時期だったので「オタク」グループに入りたかったけど、彼女らは勉強をしていなかったので、そっち系を職業にしたくない私はどっぷり入ることが怖く、また「オタク」差別も怖かったので、「漫画研究会」ではなく「美術部」に入った。楽しかったし仲良くしてもらったけど、彼女らはいまどうしているだろうか……私は今でも趣味で同人してるけど、彼女らは続けているんだろうか。「オタク」グループと言えば、この本でも差別をありありと感じた。まず、オタク女子に対する描写がひどい。他の女生徒の描写はあっさり描かれているのに、「おしゃれ」グループトップの女生徒との対比なのか、オタク女子の描写は制服の着こなしが下手、地味(これは分かるが)目が離れている、蟹股で歩く、太っている、指が太い(これはオタクとは関係なくない!?)まったくひどい偏見。しかもこの女子は根っからのオタクではなく実は文学少女であり、「もったいないよ。オタクだと思われちゃうよ」などと言ってもらえる。ちょっと昔の小説らしいので、今ほどオタクが市民権を得ていないのがわかる。作中のオタク女子が文学少女なんかではなく「AとBの関係が尊い、エロトラップダンジョンに入れたい、女体化めっちゃ萌える」みたいなことを口走っていたら、お話にならなかっただろう。グループが異なる生徒同士でも少し心の交流ができる、というのは夢があるけれど、まあグループの性質を深く知ると許容範囲が違いすぎて合わないわな。ふつうは。ただ、そういうささやかな、一時的な心の交流でも、大人になった時にふと思い出す。そして行動を改めたり自省したりする材料になり得る。――というのが作者の言いたいことだとは思います。いじめとかつらい経験に折れていなければ。やぱりメンタルのタフさが何よりも大事。学生時代のいじめや嫌な事くらいでは折れないくらいのタフさを身につけさせねばならない、我が子には。あとは、どんなに絵が好きで才能があるように見えても美大には行くな、行くならせめてデザイン科にしろ。っていうのは強く感じました。小説の主題から逸れまくるけれども。美大、噂に聞いて知ってはいたけど、成功するのは一握り。いくら絵を描くことが好きでも大衆に媚びなければ食っていけない。やっぱりそういう世界なんだなと。SNSでは絵がうまい人がわんさか居て、良いなあ、素敵だなあ、あんな風に好きなキャラをかっこよくかわいく描けたら良いなあと思うことが多々あるけれど。それ一本で食っていこうと思うなら「好き」以外の努力と割り切りがだいぶ必要そうですね。#読書 2024/05/13(Mon) 10:57:33
また女子高生のオムニバス。
こっちは神視点(一人称でない)書き方なので読みやすい。
「~背表紙」と似ていて女子高生のカーストやらマウントやらグループやら、そういうものに対する感情の揺れがテーマ。
ただこっちは「~背表紙」と違って「図書室」みたいなセーフエリアや神様のような先生がいない。狭い世界の中で一人で悩んで最終的には一人で判断する、そこらへんがかなりリアル。
固有名詞が多すぎて、東京圏・私立中高に通っていれば「あれのことね」とピンとくるけれども、縁のない地域や男子だったら読んでていて知らない単語が頻出するのではないか。
もともとそういう人らはターゲットにはなっていないのかもしれないけど、実際これは男子中学の入試問題で出ているという……。これを、男子小学生が読むのか。結構グロイ。女子高生に対する夢が壊れなきゃ良いが。
「感情の揺れ」「リアリティ」が評価されている作者だけあって、読んでいて自分の過去を生々しく思い出してしまうエピソードがてんこ盛りだった。
女子はグループを作ってその中のヒエラルキーに従って生きる。それでありながら野心は持っていて、冷静に地位向上の計算をしている。
思いがけず上位の女子から認められた時の選民感とか……
「他とは違う自分」を信じて周りのすべてを見下し、自分の挫折を受け止められなかったりとか……
「他人の目に自分がどう映るか」が最重要であり、自分の素直な感情や感想に蓋をしてしまうところとか……
あるなあ!!!あったなあ!!
全ては自分の価値をすべて他人にゆだねてしまっているところから来ている。他人からの評価は移ろいやすく自分が思うほど真摯では無いのに、がっつりそれに依存している。
本当はみんな自分のことしか考えていなくて、他人のことはどうでも良い、悪意すら持っているのに。他人から羨望はされたい、でも羨望が行き過ぎた悪意になると怖い。そんなギリギリラインをせめている。
大人になればそんなものより客観的に「給料」っていう評価が下されるので、割り切りやすくもなるが。女子中高生の社会ではそうはいかない。
女子高生時代の、精神的に未熟ゆえの輝き……とか、初々しい……みたいな感想をちらほら見ましたが。
いや、これ、今でもふつーーーーーーに、やってる層はやってるよ。
マンション・団地の主婦階層とか、SNS依存型の引きこもり層は今でもやってます。
肉体年齢関係ないです。
常にマウントの取り合い。女子高生時代は自身の材料だけだったのが、旦那、子供を材料に加えてるから余計にドロドロしている。
あの頃はよかったなあ~なんて感傷に浸ることは全くなかった、私は。
わが身を振り返っても似たようなことはあった。
女子高では確かに、化粧、彼氏、ブランドなどがステータスだったので。思い出したくも無いが、見栄を張って援助交際して退学処分になった子も居た。
私は「おしゃれ系」「運動系」以外のグループを転々と渡り歩いて、どこのグループにも所属しない感じで生きて、最終的には「勉強」グループになった。余計な争いや嫉妬や意地の張り合いを避けたかったので、努力が確実に数字となって帰ってくる場所に居たかった。
漫画アニメにはまり始めた時期だったので「オタク」グループに入りたかったけど、彼女らは勉強をしていなかったので、そっち系を職業にしたくない私はどっぷり入ることが怖く、また「オタク」差別も怖かったので、「漫画研究会」ではなく「美術部」に入った。
楽しかったし仲良くしてもらったけど、彼女らはいまどうしているだろうか……私は今でも趣味で同人してるけど、彼女らは続けているんだろうか。
「オタク」グループと言えば、この本でも差別をありありと感じた。
まず、オタク女子に対する描写がひどい。
他の女生徒の描写はあっさり描かれているのに、「おしゃれ」グループトップの女生徒との対比なのか、オタク女子の描写は
制服の着こなしが下手、地味(これは分かるが)
目が離れている、蟹股で歩く、太っている、指が太い(これはオタクとは関係なくない!?)
まったくひどい偏見。
しかもこの女子は根っからのオタクではなく実は文学少女であり、「もったいないよ。オタクだと思われちゃうよ」などと言ってもらえる。
ちょっと昔の小説らしいので、今ほどオタクが市民権を得ていないのがわかる。
作中のオタク女子が文学少女なんかではなく「AとBの関係が尊い、エロトラップダンジョンに入れたい、女体化めっちゃ萌える」みたいなことを口走っていたら、お話にならなかっただろう。
グループが異なる生徒同士でも少し心の交流ができる、というのは夢があるけれど、まあグループの性質を深く知ると許容範囲が違いすぎて合わないわな。ふつうは。
ただ、そういうささやかな、一時的な心の交流でも、大人になった時にふと思い出す。そして行動を改めたり自省したりする材料になり得る。
――というのが作者の言いたいことだとは思います。
いじめとかつらい経験に折れていなければ。
やぱりメンタルのタフさが何よりも大事。学生時代のいじめや嫌な事くらいでは折れないくらいのタフさを身につけさせねばならない、我が子には。
あとは、どんなに絵が好きで才能があるように見えても美大には行くな、行くならせめてデザイン科にしろ。
っていうのは強く感じました。小説の主題から逸れまくるけれども。
美大、噂に聞いて知ってはいたけど、成功するのは一握り。いくら絵を描くことが好きでも大衆に媚びなければ食っていけない。やっぱりそういう世界なんだなと。
SNSでは絵がうまい人がわんさか居て、良いなあ、素敵だなあ、あんな風に好きなキャラをかっこよくかわいく描けたら良いなあと思うことが多々あるけれど。それ一本で食っていこうと思うなら「好き」以外の努力と割り切りがだいぶ必要そうですね。
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